赤坂タイムラー

「総裁」を改める!? ─ 自民若手の浅はかさ

公開日
文責
アカサカ ヒカル

言っておくが、私自身は、若手と言われている代議士たちより(若干)若い。
本稿はこれを踏まえて心して読んでいただきたい。
何やら、自民党再生会議といった討議を活発に行っているようで、大いに期待したいと思って見守っているところなのだが、本日の一部報道によると、「総裁」を「党首」に改めようとの意見が出されているらしい。
「党首」という呼称は、極々一般的なものである。
おそらくは、欧米語に訳すならば、「総裁」も「代表」も「委員長」も一語(程度)に尽きてしまうことだろう。
ここで、自民の若手に今一度しっかりとした再考を促したいのは、本来ならば、自民を支持している層の求めている思想、生き方、考え方、である。
つまりは、「保守」なのである。
保守的思想が、年配者だけのものだとでも考えているのだろうか?
もしそうだとしたら、奴らはとんでもなく間違っている。
もしそうだとしたら、奴らが自民党である必要もない。
先日、日本語に対するアンケート調査の結果、母国語を大切にしたいと考える若者が、かつてない割合で増えたという事実を奴らは知らないのであろうか。
「党首」が極々一般的であるがゆえに、やや軽薄な印象を感じてしまうのは、私だけではなかろう。
この呼称を使っているのは、社民をはじめとした、弱小(あるいは僅少)勢力に限られている。
僅少であるがゆえの慎ましさを感じるものではあるし、現時点でこの呼称を使っている党に対しては、何らの違和感も感じないし、むしろ好ましく感じるものである。
しかしながら、一体、自民党は、弱小を目指すのか?
若手代議士諸兄に問いたい。
─ お前ら、本当に、そんなつもりなのか????
現代の我が国において、真に保守と言える政党は、自民以外にないのである。
そして、当然のこと、国民(=有権者)の半数、もしくはそれ以上は、時代がどれほど移り変わろうとも保守的思想を是としているのである。
たまさか、国語力皆無の総理が史上最大に支持を減少させてしまったからといって、本来の支持層に背を向ける気なのであろうか?
再生会議というのならば、呼称云々というようなつまらない論議ではなく、もっと本質的な問題について争ってほしいものだ。
無論、それらの点についても、当然議論しているのではあろう。おそらくは、この呼称論議そのものは、若手の中でもごく一部の、思想も主義もない(=政治の資格がない)愚者が、血迷っただけの愚論だろうと信じたい。
「総裁」以下、多種多様な表現をもつ日本語の奥深さをしっかりと噛みしめてほしい。
これらの表現には、それぞれに微妙なニュアンスを漂わせつつ、れっきとした意味合いがこもっているのだ。
願わくは、自民が自民でなくならないことを強く望む。